【若冲】ファンならみんな知ってる伊藤若冲ゆかりのスポット詳細(錦市場・石峰寺・相国寺・宝蔵寺など)

江戸時代後期の天才絵師であり、その独特な作風や超絶技巧から”奇才”とまで謳われる伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)。当時の江戸の画壇ではどの派にも属さない孤高の画家の知名度はほとんど無いに等しかったのですが、近年になって突如注目され始めた不思議な絵師でもあります。

伊藤若冲のファンはここ20年ほどで急増。企画展には多くの人が集まります。若冲ファンの間では常識とも言える伊藤若冲関連の情報をまとめてみました。

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伊藤若冲の生家は錦市場の青物問屋

伊藤若冲の本名は伊藤源左衛門。錦市場の青物問屋「枡屋」の四代目で、40代で家督を弟に譲るまでは早くして亡くなった父のあとを継き、家業に専念していました。

現在の錦市場では、枡屋があったと思われる場所に説明書きが掲示されています。

裕福な家に生まれて絵ばかり描いていたと思われていた伊藤若冲ですが、商売敵であった五条通の青物問屋が錦市場を閉鎖に追い込もうと策謀した折には市場存続のために奔走したという記録が残っています。

アーケード内に若冲作品の大型タペストリーを飾り、店舗のシャッターにも若冲作品を描くなどして生誕の地をアピール。商店街はさながら「若冲ミュージアム」と化しています。

 

名称錦市場
住所京都市中京区西大文字町609番地
アクセス阪急京都本線 京都河原町駅から徒歩2分
⇒公式サイト

伊藤若冲ゆかりの墓は3つある

伊藤若冲のゆかりがある墓は3つあると言われており、いずれも京都市内にあります。

石峰寺(せきほうじ)

伊藤若冲が実際に埋葬されている墓は京都・伏見の石峰寺にあります。

1791年、76歳になった伊藤若冲が最終的に身を寄せたのが石峰寺でした。若冲はこの寺で9年間を過ごし、五百羅漢像の製作に晩年を費やしました。そして1800年9月10日に85歳で他界、そのまま埋葬されました。

名称石峰寺(せきほうじ)
住所京都市伏見区深草石峰寺山町26
拝観9:00~16:00/一般300円
アクセスJR稲荷駅から徒歩5分
⇒公式サイト

相国寺(しょうこくじ)

京都御所の近くにある相国寺は伊藤若冲が「動植綵絵」「釈迦三尊像」三十三幅を寄進した寺です。

若冲は30代半ばに相国寺の住職・大典顕常と出会い、親交を深めました。四代目枡屋(伊藤)源左衛門であった彼に「若冲居士(じゃくちゅうこじ)」という名を与えたのは大典和尚であったとされています。

若冲は自信作を寄進するとともに、相国寺に生前墓を建てました。しかし晩年になって天明の大火で家財を焼失し、永代供養料を支払えなくなったために契約を解除。ここに埋葬されることはありませんでした。

生前墓には若冲の遺髪が埋納されたと伝えられている生前墓。足利義政と藤原定家の墓との三つ並びになっています。

伊藤若冲の生前墓は宣明(浴室)の右手をまっすぐ進み、墓地に入ったところのすぐ左手にあります。

名称相国寺
住所京都市上京区今出川通烏丸東入
開館時間等10:00〜16:00/一般・大学生 800円
アクセス地下鉄烏丸線『今出川駅』下車
⇒公式サイト

宝蔵寺(ほうぞうじ)

京都の繁華街、錦市場の近くにある宝蔵寺は、伊藤若冲を含む伊藤家の菩提寺です。ここに若冲の父母・次弟・末弟の墓があり、若冲自身が熱心にお参りに訪れた場所として知られています。若冲はここには埋葬されることはありませんでしたが、遺髪が埋納されたと伝えられています。

宝蔵寺は若冲作品「竹に雄鶏図」「髑髏図」を所蔵しており、若冲の誕生日である2月8日に一般公開をしています。また、髑髏のご朱印がいただけることでも知られています。

名称宝蔵寺
住所京都市中京区裏寺町通り蛸薬師上る裏寺町587
開館時間等10:30〜16:00
アクセス阪急京都本線 京都河原町駅から徒歩6分
⇒公式サイト

若冲が好んで人物画を描いた売茶翁

伊藤若冲の作品は動植物の絵や風景画が圧倒的に多く、人物を描いたものは「福禄寿図」や「寒山拾得図」など数えるほどしかありません。そんな彼が自ら進んで何枚もの人物画を描いた相手が売茶翁(ばいさおう)です。

売茶翁の本名は柴山元昭、法名は月海。幼少の頃より異才を放ち、優れた高僧として知られていましたが、60歳を過ぎてからは京の大通りに喫茶店を開き、煎茶と禅話で客をもてなすという風変わりなことに専念。人々から「茶を売る翁(おきな)」という意味の売茶翁という名で呼ばれるようになりました。

京では「売茶翁に一服接待されなければ、一流の風流人とはいえぬ」と噂が立ち、有名人や知識人、芸術家がこぞって売茶翁の店に通いました。伊藤若冲も常連客のうちの一人でした。

若冲は売茶翁から多くのことを学び、作風にも影響したと言われています。若冲が描いた「売茶翁図」は相国寺承天閣美術館が所蔵しています。

名称承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)
住所京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺内
営業時間10:00~17:00
アクセス地下鉄烏丸線『今出川駅』下車
⇒公式サイト

宇治市にある黄檗山萬福寺の境内には木造の売茶翁像を祀った売茶堂があり、売茶翁の数少ないゆかりの地として知られています。

名称黄檗山萬福寺
住所京都府宇治市五ケ庄芝ノ東6−3
アクセスJR奈良線「黄檗駅」下車 徒歩5分
⇒公式サイト

若冲は最期の絵を海宝寺で描いた

伊藤若冲は1788年に起きた天明の大火で家財を失い、豊中市の西福寺、伏見の海宝寺、石峰寺と住まいを転々としています。

海宝寺には「若冲筆投げの間」と呼ばれる部屋があります。伊藤若冲は海宝寺に滞在していた折、方丈と呼ばれるこの部屋で障壁画「群鶏図」を描き、その絵を最後に筆をおいたとされています。「群鶏図」は現在、京都国立博物館が所蔵しています。

名称海宝寺
住所京都市伏見区桃山町正宗20
アクセス京阪本線 墨染駅から徒歩9分

晩年の名作が信行寺にある

伊藤若冲が83歳の時に描いたとされる天井画「花卉図(かきず)」が京都市左京区の信行寺に納められています。

「花卉図」はもともと若冲が身を寄せていた石峰寺の観音堂の天井画でしたが、明治の廃仏毀釈令により観音堂が破却されて散逸。それを信行寺の檀家総代・井上氏が買い集めて寺へ寄進したと伝えられています。

信行寺では不定期に「花卉図」の一般公開を行っています。

名称信行寺(しんぎょうじ)
住所京都市左京区北門前町472
アクセス市営地下鉄東山駅から徒歩5分

まとめ

以上、伊藤若冲ゆかりのスポットを紹介しました。

伊藤若冲は生前こそ有名人でしたが、長い間に知名度が失われてしまっていました。近年の再評価は孤高の天才・若冲に時代が追いついた証しなのかもしれません。

京都を訪れた際には伊藤若冲ゆかりの地を訪ねてみてはいかがでしょうか。

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