たまたま子供の頃に不思議な味のパンを食べる機会があり、それが非常に口に合った私。大人になってからその味を求めていろいろなパンを食べてみたのですが、結局「ああ、この味だったんだな」と納得したのはスーパーで見つけた輸入食品でした。
昔食べたパンの味を求めていろいろなベーカリーを巡り、その過程でライ麦パンの奥の深さ、日本のパン職人が焼くパンと本場のパンの違いなどについて知る機会を得ました。記憶の中にしかない”おいしいライ麦パン”はどんなパンだったのでしょうか。どこへ行けば食べられるのでしょうか。
子供の頃に食べた、忘れられないパン
昭和50年代、まだ子供だった頃のこと。親戚の結婚式で、たしか東京のホテルオークラかどこかで食べた黒っぽいパン。酸っぱい香り、しっとりずっしりとした生地、食パンにはない歯ごたえ。噛むほどに穀物の風味が広がる。酸味と苦み、口の中に残る独特な後味。
当時、一般的な日本の食卓に並ぶパンとは明らかに違ったはずの、あの黒っぽく、ずっしりしたパン。当時の自分にとって、それはずいぶんと異国情緒のある食べ物だったのでしょう。
もちろん、子供の頃の記憶ですから、味を正確に覚えているわけではありません。何十年も経てば、記憶の中で味が美化されている可能性だってあります。それでもあのパンには、ほかの食べ物とは違う何かが感じられました。
そして大人になってから、私はその味をもう一度探すことになります。
あの味を求めて、ライ麦パンを食べ歩く
大人になれば、子供の頃にはなかなか手に入らなかった食べ物も、自分の意思で探して購入できます。
そして、あの時に食べた酸味のある黒いパンは、どうやらライ麦パンだったらしいということを知ります。
ライ麦パンを探して食べていけば、いつか再会できるのではないか。そう考えました。
さまざまなパン屋のライ麦パンを試しました。しかしライ麦入りのパンであっても、どこか違います。
ふんわりしたパン、硬めのパン、酸味の強いパン、香ばしいパン、粒の粗いパン。どれもライ麦パンではあるのに、記憶の中の味とは一致しません。
ライ麦を少し混ぜた食べやすいパンもあれば、ライ麦を主体にして焼き上げた、どっしりとしたパンもあります。酸味が際立つもの、穀物の粒感が強いもの、しっとりしたもの、比較的軽い食感のもの。それぞれに個性を持っています。
しかし、いろいろなパンを食べてみても、どうも記憶の中の味とは違いました。
おいしくないわけではない。むしろ、気に入ったパンもありました。それでも、食べるたびに「これではない」という感覚が残ります。
そもそも、自分が探している味を、きちんと言葉にできるわけではなかったのかもしれません。
あのパンは、もっと密度が高かったのではないか。もっと穀物の存在感が強かったのではないか。酸味も、ただ酸っぱいというのではなく、パン全体の風味に溶け込んでいたのではないか。
小麦粉の割合、ライ麦の粒の大きさ、酸味、しっとり感、噛んだときの密度など、味の記憶を少しずつ言葉にしていくほどに、そのパンに巡り合うのが難しくなっていきます。
何をもって「あの味」とするのか、自分でもよくわからない。それでも、探すのをやめる気にはなれませんでした。
メステマッハーのパンを食べた時、記憶がつながった
そんなときに出会ったのが、ドイツのメステマッハー(Mestemacher)社が製造するライ麦パンでした。山梨の「ひまわり市場」というスーパーで偶然見つけました。
輸入食品として販売されている商品で、一般的な日本のパンとはずいぶんと印象が違います。
メステマッハーには複数の種類があるのですが、全粒ライ麦を主体としたパンは穀物の存在感が強く、密度の高い食感が特徴的です。商品によっては、ライ麦の粒がはっきりと感じられるものもあります。
初めて食べたとき、私は「ああ、この味だったんだな」としみじみ思いました。
もちろん、子供の頃に食べたパンとまったく同じ商品であると確認できたわけではありません。ホテルで食べただけなので、製造元も商品名も、当時の記録が手元にあるわけでなし・・・。
それでも、長い間探していたものにようやくたどり着いたような満足感がありました。
このパンの何が決め手だったのでしょう。
ふんわりした食感ではなく、噛みしめるように食べるパンであること。ライ麦そのものの風味が前面に出ていること。小麦粉を主体としたパンとは異なる、独特の酸味や穀物の香りがあること。
おそらく、そうした要素が重なっていたのだと思います。
それまで食べてきたライ麦パンも、もちろんライ麦パンには違いありません。でも私が探していたのは、単にライ麦を使ったパンではなかったのです。
メステマッハーのパンを食べて、ようやくそのことに気づかされました。
昭和50年代にメステマッハーは日本で買えたのだろうか
それでも疑問はあります。
私が子供の頃に食べたパンは、本当にメステマッハーだったのだろうか・・・。
昭和50年代は今のように輸入食品を気軽に購入できる時代ではありません。海外の食品が現在ほど身近だったわけでもなく、店頭で見かける商品にも限りがありました。
とはいえ、当時の日本にドイツパンが存在しなかったわけではないでしょう。食べたのはホテルオークラ(たぶん)だし・・・。
調べてみると、日本でも本格的なドイツパンを作るための取り組みは進んでいたようです。たとえば、鳥越製粉は1975年にライ麦専門工場を完成させています。少なくとも、昭和50年代は、日本でもライ麦パンを支える原料や製パン技術が発展していた時期だったといえそうです。
ただし、国内でドイツパンが作られていたことと、メステマッハーの製品が輸入販売されていたことは別の話です。
調べてみると、メステマッハー(Mestemacher)のライ麦パンが日本市場へ本格的に輸入・紹介され始めたのは2010年代半ば(2016年ごろ)のようです。
2016年から2017年にかけて健康志向の高まりとともに国内の一般市場(カルディや成城石井などの輸入食品店やスーパー)で出回るようになったとのこと。
子供の頃の私が食べたパンはメステマッハーだったのかもしれないし、別のメーカーが作ったドイツパンの輸入品だったのかもしれない。
あるいは、ドイツパン専門店で焼かれたものだった可能性もあります。ホテルの厨房で焼いていた可能性も否定できません。
今となっては、その正体を突き止めるのは私個人ではおそらく無理です。
それでも、子供の頃の記憶と現在のメステマッハーの味がつながったという事実は、私にとって変わりません。
メステマッハーのパンには種類がある
メステマッハーのライ麦パンを調べると、日本で販売されている商品だけでなく、ドイツ本国や海外向けのラインアップにもさまざまな種類があります。
プレーンなライ麦パンだけでなく、ひまわりの種入り、スペルト小麦入り、オート麦入りなど、穀物の組み合わせによって味わいが異なります。
フォルコンブロート(Vollkornbrot)
全粒ライ麦を主体にした、同社の代表的なタイプ。ライ麦の穀物感と、しっかり詰まった食感を味わいたい人に向いています。まず試すなら、この商品が比較の基準になります。
プンパーニッケル(Pumpernickel)
ライ麦全粒粉を主体に、麦芽エキスや甜菜糖シロップなどを加えた商品。長時間の穏やかな焼成による濃い色と、ほのかな甘みが特徴です。
デュンケル&グリューンカン(Dinkel & Grünkern)
ライ麦だけではなく、スペルト小麦やグリューンカン(未熟な状態で収穫・乾燥させたスペルト小麦)を組み合わせたタイプ。穀物の風味の違いを楽しみたい人向けです。
ドライコルン(Dreikorn)
三種の穀物を組み合わせ、亜麻仁(フラックスシード)を加えたタイプ。穀物の風味に加えて、種の粒感も楽しめます。
ハーファーブロート(Haferbrot)
全粒ライ麦にオート麦やオート麦ふすまなどを組み合わせた商品。メーカーの日本語向け商品情報では、ひまわりの種を含むタイプも紹介されています。
海外向けラインアップには、さらに多くの種類があるようです。国によって商品名や原材料、販売されるラインアップが異なるので是非食べてみたいところですが、これらを日本で入手するのは難しいようです。
・Whole Rye Bread 全粒ライ麦を主体にした基本形
・Sunflower Seed Bread ひまわりの種入り
・Linseed Bread / Linseed Plus 亜麻仁入り
・Fitness Bread ライ麦にオート麦や小麦胚芽などを配合
・Three Grain Bread 複数の穀物を組み合わせたパン
・Mixed Cereals Bread ライ麦・大麦・オート麦などを組み合わせたタイプ
・Pumpkin Seed Bread かぼちゃの種入り
・Soft Dark Wholemeal Rye Bread 柔らかめの食感を目指した濃色の全粒ライ麦パン
・Rye Bread with Muesli ミューズリーを組み合わせたタイプ
・Rye & Spelt Bread ライ麦とスペルト小麦の組み合わせ
なお、メーカーの海外向け一覧にはプロテインブレッドなども掲載されていますが、これらはライ麦パンの伝統的なタイプとは分けて考えるのがよいでしょう。
メステマッハーのパンは非常食にも最適
ちなみに実際に食べてみて感じたことですが、メステマッハーのライ麦パンは非常食として有力な選択肢です。
未開封なら賞味期限が非常に長い
メーカーの公式説明によると、メステマッハーの全粒ライ麦パンは、低温殺菌処理によって未開封で製造から12か月保存できます。商品や時期によっては15か月と紹介された実績もあるため、実際には購入した商品の表示を確認する必要があります。
常温で保管でき、調理も不要
直射日光を避けて涼しい場所に保管でき、基本的には袋を開ければそのまま食べられます。停電で冷蔵庫が使えない状況や、調理用の燃料を節約したい場面でも役立ちそうです。
食物繊維などを摂取できる
例えばビオ・プンパーニッケルは100g当たり192kcal、食物繊維11g、たんぱく質4.6gという栄養成分表示です。普段の食事が偏りがちな災害時に、主食の選択肢を増やせます。
とにかくずっしりしているので、1枚1枚は薄くても侮ってはいけません。一切れ食べただけでもかなりの満腹感が得られます。
日本のベーカリーで、あの味に近いパンは買えるのか
メステマッハーのパンにたどり着いたことで、もうひとつ気になることができました。
「日本国内のベーカリーで、あの味に近いパンを手に入れることはできないのだろうか・・・。」
輸入品を購入すれば、記憶に近い味を楽しむことはできます。しかし、できれば日本のパン職人が焼いたパンでも、同じような味わいを探してみたい。焼き立てだし・・・。
そのためにはまず「ドイツパン」という大きなくくりから一歩踏み込んで、どんな種類のパンを探せばよいのかを考える必要があります。
プンパニッケル ―― 黒く、重厚なライ麦パン
メステマッハーの製品で、特に比較対象にしたいのがプンパニッケルです。
プンパニッケルは、粗挽きのライ麦やライ麦全粒粉を主体とし、低温で長時間かけて焼き上げる伝統的なドイツパンです。濃い色と密度の高い食感、穀物の甘みや独特の風味が特徴となっています。
ふわふわとしたパンとは対照的に、薄く切った一枚をゆっくり噛みしめて食べるようなパンです。
ただし、メステマッハーのライ麦パンがすべてプンパニッケルというわけではありません。商品によって原材料や製法、食感は異なります。
ロッゲンシュロートブロート ―― ライ麦の粒感を味わう
もうひとつ注目したいのが、ロッゲンシュロートブロートです。
名前にある「シュロート」は粗く挽いた穀物を意味します。ライ麦の粒感が残るタイプでは穀物を噛みしめる感覚が強く、一般的なパンとは異なる食べ応えがあります。
メステマッハーのパンを食べたときに、ライ麦の粒やぎゅっと詰まった食感が印象に残ったのであれば、このタイプも試してみる価値がありそうです。
ライ麦100%のパンなら近いのか
ライ麦を100%使ったパンを選べば、メステマッハーの味に近づくのでしょうか。
必ずしもそうとは限らないようです。
ライ麦の配合率は、パンの風味や食感を左右する大きな要素。しかし、それだけで味が決まるわけではありません。
ライ麦の挽き方、サワー種の種類や発酵時間、水分量、焼成方法などによっても、仕上がりは変わります。
同じライ麦100%でも、酸味が際立つパンもあれば、穀物の甘みが感じられるパンもあります。粒の粗いものと細かいものでも、口当たりはずいぶんと異なります。
探すべきなのは単純に「ライ麦100%」という表示ではなく、自分が求めている味や食感に近いパンなので、難しいです。
国内のドイツパン専門店で探してみる
実際に国内のパン屋で探すなら、ドイツパンを専門に扱う店がターゲットになります。
たとえば東京・吉祥寺の「ベッカライ カフェ・リンデ」は、ドイツパンを専門とする店として知られています。ライ麦を主体としたパンを探し、メステマッハーとの違いを確かめるには候補のひとつになります。
また埼玉県の「ベッカライ テルタケ」や福岡県の「ゾンネンブルーメ」も、ライ麦を主体とするパンを比較する際に調べてみたい店です。ちなみに”ベッカライ”というのはベーカリーのドイツ語読み。店名にベッカライが付く国内のお店はドイツパン専門店は本場の味が期待できます。
・ベッカライ・ブロートハイム(東京)
・ベッカライカフェ・リンデ 吉祥寺本店(東京)
・ベッカライ ブラウベルグ(東京)
・ベッカライ ブロート バランス(長野)
・ベッカライウラノ(長野県)
・ベッカライ徳多朗(神奈川県横浜市)
・ベッカライ タカヤマ(神奈川県茅ケ崎市)
・ベッカライ ジーベン(神奈川県鎌倉市)
・ベッカライ ゾンネンキント(神奈川県三浦市)
ドイツパン専門店の多くは東京都にありますが、次いで神奈川県や兵庫県(神戸・芦屋エリアなど、ドイツ系パンの歴史がある地域)が多い傾向にあります。長野県(佐久平)と北海道(十勝地方など)は国内で本格的にライ麦が商業生産されている地域なので、ライ麦パンを扱うベーカリーの比率も高めです。加えて山梨県にも多くの個性的なベーカリーが集まっています。
店舗ごとに商品構成や販売状況は変わります。ライ麦パンがレギュラーでないお店もあります。目的がライ麦パンであれば、訪問する前にプンパニッケル、ロッゲンシュロートブロート、ライ麦100%のパンなど、目的に合う商品が現在販売されているかを確認する必要がありそうです。
もちろん、国内のベーカリーで焼かれたパンと、メステマッハーの長期保存型のパンでは、製法や水分量などは大違いでしょう。単純に比較できないものなので、どこが似ていてどこが違うのかを楽しむつもりで探したほうがよさそうです。
ライ麦パンの輸入製品を扱うショップ
メステマッハーのような海外メーカーのライ麦パンを輸入販売しているショップを調べてみました。
・・・カルディではドイツ・シュルンダー社製のプンパニッケルや、ラトビア・Cannelle社製のボロディンスキー・ライ麦パンを取り扱っていることがあります。
カルディで売ってるライ麦パン酸味少なくて食べやすいよね ※個人の嗜好です 他の輸入品屋さんで買ったやつはクリームチーズ必須の酸味だったからマイルドで驚いた https://t.co/ZmyG2ePIZE
— 葱麻 (@negi_koma) July 12, 2026
・・・エストニアの Eesti Pagar社製のライブレッド(冷凍)を取り扱っていることがあります。
業務スーパーのライ麦パン。美味しかったんでまた買ってきた。ちょっと酸っぱくてドイツパン好きなのでうれしい。 https://t.co/LDSakkAKUO
— 犬山ハリコ🐶大江玩具店🌟新装版尾張のヒト (@inuyama_hariko) December 21, 2025
・・・メステマッハー社の製品を取り扱っていることがあります。
イオンのネット専用スーパー「Green Beans(グリーンビーンズ)」では、メステマッハー社の製品やソットレステッレ社製(イタリア)のライ麦パンを取り扱っていることがあります。
長野県および群馬県に店舗を展開しているスーパーマーケット TSURUYA(ツルヤ)では、メステマッハー社の製品を取り扱っていることがあります。
その他、主に通信販売で購入できるものとして、
・モダーソンズ(MODERSOHN’S) サンフラワーシードブレッド
・デルバ(Delba) ライブレッド
などのブランド・製品があります。
国内チェーン店のライ麦パン
神戸に拠点を置く老舗ベーカリーチェーン DONQ(ドンク)および系列店のジョアンではドイツパンが店頭に並ぶこともあり、ロッゲンシュロートブロードなどが購入できます。
ロッゲンシュロートブロードという伝統的なドイツのライ麦パンを初めて食べる。かなり酸っぱい。コーヒーと一緒に食べるものではないのかもしれない。酸味が強いから肉料理の濃いソースと絡めて食べるのが合うのかも。でも、ドンクだから本格的なパンなんだろう。 https://t.co/vFSuwhwtde
— カルヴァドス (@cornelius0321) October 15, 2026
スーパーマーケットの紀ノ國屋では、国内スーパーでは珍しい自社製造のドイツパン(プンパニッケル、メアコルンブロート、カーラントローフ)を取り扱っていることがあります。
「ドイツパン」があったので買ってみた。 ひと切れずつ、「プンパニッケル」と「メアコルンブロート」と「カーラントローフ」が入っていたようだが、名前があまりにピンと来なくて何も分からない。 ライ麦パン、酸っぱめの風味とツブツブした硬めの食感があり独特 https://t.co/N3KPepQUYZ
— えさわれ4 (@esaware4) September 9, 2026
パンの味を探すことは、記憶をたどること
子供の頃に食べたパンを、何十年も経ってから探す。
こうして文章にしてみると、ずいぶんと個人的な話です。
しかも、当時食べたパンがメステマッハーの製品だったという確証はないし、昭和50年代に日本で入手できたのかどうかもはっきりしません。
それでも、現在のメステマッハーのパンを食べたときに「ああ、この味だったんだな」と感じたことは確かです。
考えてみれば、私たちは食べ物そのものだけを記憶しているわけではないのかもしれません。
初めて出会ったときの驚きや、その場の空気、当時の自分が知らなかった外国の食文化。そうしたものが、味の記憶と一緒になって心に残っている可能性があります。
だからこそ、同じ食べ物を大人になってから口にしたとき、単なる味の再現以上のものを感じることがあるのでしょう。
私の場合、それがメステマッハーのライ麦パンでした。
今後は、日本のベーカリーで焼かれたライ麦パンも、あらためて食べ比べてみたいと思っています。もしかすると、まだ知らない店に記憶の中のパンにもっと近いものがあるかもしれません。
いずれにしても、あのパンをもう一度食べてみたいと思ったことが、こうして新しいパンとの出会いにつながっています。
それだけでも、長い時間をかけて味を探してきた意味はあったのだと感じます。



