世界遺産記念日の姫路城を3時間かけてじっくり見学!見どころ,伝説,ポイントを一挙紹介

12月11日は姫路城世界文化遺産登録記念日でした。兵庫へ旅行に行ったので何も知らずにお城見学にいったところ、入り口で初めて知りました。情報に疎いにもほどがあります。

実はこれが初めての姫路城見学。偶然とはいえ、何やら導かれたような感じがしますね。

姫路城の入城料は一般が1,000円、小中高生が300円。1,000円がタダになるということで、12月の寒い時期の、しかも平日にも関わらず、結構な人手。団体もずいぶん入っていました。

入り口で配布されていた記念品は「姫路城内郭内復元鳥瞰図」のクリアファイル。

初登城でしたが、それなりに下調べはしてきたつもり。見逃しのないようにじっくり見て行きたいと思います。

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菱の門をくぐって、まずは三国堀へ

見学者全員が通る入り口が「菱の門」。それをくぐると眼前に広がるのが三国堀と名付けられた四角い堀です。

三国堀は水面にお城が写るので、人気の撮影スポットになっています。

門から侵入した敵を左右に分ける役割があるお堀ですが、まっすぐ行った先にある「いの門」が目立っているため、そちらへ誘導されてしまいます。

そこで意表を付くかのように右手奥につくられているのが、穴門と呼ばれる「るの門」。菱の門からは見えない角度にあります。

近づくと穴が見えます。

この「るノ門」は天守への近道とされています。でも順路的には逆行なのでここからは誰も行きません。

菱の門から西の丸・百間廊下へ

「菱の門」から入城すると、ほとんどの人も団体もそのまま前方に見える「いの門」へ進んでいきます。でも今回は西の丸と百間廊下もきちんと見て行きます。

噂によると見学者の6割以上は「いの門」に向かうため、左手後方の坂を上がったところにある西の丸を見ずに帰っているのだとか。

この坂の入り口には門があったようで、基礎だけが残っています。

この坂の途中の左手には武者溜り(むしゃだまり)がありました。兵士を潜ませておいて、門から入城してきた敵を後方から討つための仕組み。後世に残る城というのはこういう工夫がすごいですね。

本丸へ向かう方向とは逆方向にある坂の上には、本多忠政(ほんだ ただまさ)が息子・忠刻(ただとき)とその妻・千姫のために建てた御殿があったとか。

ここから見る天守閣も素敵です。フォトスポットになっていました。こうしてみると姫路城の敷地は本当に広いです。

千姫が過ごしていたという化粧櫓(けしょうやぐら)へ続く百間廊下が現在も残されています。

下の写真が入り口。ここから靴を脱いでビニール袋に入れて持って入ります。出口は遥か先にある化粧櫓の下になります。

案内板によると百間廊下は300mもある長屋で、城の防壁と女中部屋を兼ねていた様子。

入り口から階段を上って入ったスタート地点。2006年に公開された仲間由紀恵主演の映画『大奥』にも登場しています。

延々と続く廊下の右手には小さな部屋があります。女中部屋とか倉庫だったそうです。

左側には狭間(さま)と呼ばれる鉄砲・弓矢を放つための開口部や、石落とし用の穴などがつくられています。

石落としは大抵蓋が閉じられていますが、中には下がのぞけるようにしてあるところもありました。

百間廊下は途中6箇所ほどで曲がっているのですが、それでも直線の廊下はものすごく長く感じられます。

千姫の解説板が置かれた部屋もあります。千姫の人生で最も幸せだったのが、この西の丸で過ごした時間だった、というようなことが書かれています。

百間廊下の終端に、千姫が過ごしていたとされる化粧櫓があり、そこに現在も千姫がいらっしゃいました。

化粧櫓の横から外に出ます。

化粧櫓を出たところから見た百間廊下。途中にいくつか櫓があるのですが、中を通っているときにはあまり気付きませんでした。

靴を脱いでの見学は、冬は足が冷え切ります。昔の人は寒い暮らしをしていたのですね。

はの門、にの門を通って西小天守へ

百間廊下から化粧櫓に抜けて、外に出ます。ここから「はの門」「にの門」をくぐって西の小天守へ向かいます。

化粧櫓から出てみると、百軒進んだわりにはまだ天守閣はかなり先に見えます。ここからが本番、という感じです。百間廊下をパスした見学者はとっくに大天守へ入っているでしょう。

「はの門」への道。ここも土塀に狭間が作られています。

「はの門」の右手には石灯籠の基礎が使われています。石不足で悩んだ姫路城では、石垣にいろいろなものが使われていることでも有名だとか。使えるものは何でも使ったそうです。

「はの門」をくぐって先へ進みます。

次に待ち構えるのが「にの門」。

攻め手の動きを封じるために低くしてあります。中を通る敵を上の櫓から槍で攻撃することもできたのだとか。攻める側としてはくぐりたくない門です。

「にの門」を過ぎると天守がずいっと近くなります。

まっすぐ行くと前方に小さく開いた「ほの門」があります。

「ほノ門」をくぐった右手には油壁が残されています。当時のコンクリートのようなもので、鉄砲の弾もはじくほどの強度があるとか。

すぐに右に折り返したところ、油壁の脇に入り口「水ノ一門」があります。ここも攻めにくくつくられています。手前の左の石垣には「姥ヶ石」が見られます。

石不足に難儀をしていた折に「これを使ってください」と石臼を持ってきたお婆さんがいて、秀吉がそれを大層喜んだというような逸話・・・の石臼です。

その石臼は落ちないように(?)網で覆ってありました。

その先にまた入り口が。水ノ二門です。

「水ノ二門」の先にはさらに「水ノ三門」が見えます。

これが「水ノ三門」。

「水ノ三門」をくぐりぬけて歩いていたら、気付いた時には「水ノ五門」でした。この辺で集中力が無くなってきています。左右に折れ曲がりながら門をたくさんくぐらされると撹乱するのでしょうか。

そして天守への入り口に到着。よく見ると「水六門」の文字が読めました。ここから西小天守に入っていきます。

天守の地下へ

水ノ六門から入ったところは、大天守の地下。地上6階・地下1階の巨大な建造物の見学が、ようやく始まります。

地下で存在感をあらわしているのが、天守を支える2本の柱。西大柱と東大柱です。

東大柱はもともと天守5階の天井まで貫いている1本のもみの木で、高さが24.6mありました。根元が腐ってしまったので、昭和の大改修の時に接ぎ木をしてあるそうです。

西大柱は3階で継いである2本の大木。つなぎ目は3階で見ることができます。

薄暗い上にぼんやりとした照明が設けられているため、目が慣れるまでは不気味な感じがします。ARアプリで柱の構造を見ることができるのですが、複雑すぎてよくわかりませんでした。

暗いのが苦手な人は早めに1階へ上がったほうがいいかもしれません。

大天守1階

地下から階段を上って大天守の1階へ。

昔から誰もが地下から入ったわけではなく、二の渡櫓から入る扉も用意されていました。かんぬきが2つ付けられた物々しい二重扉があります。

上に上がるにつれて狭くなるのでしょうから、1階は一番広いのかもしれません。

今はただただ広く感じますが、昔はふすまで仕切られていたのでしょうか。

釘隠しとか細かいところまでゆっくり見て回りました。

階段で2階へ上がります。

大天守2階

2階へ上がると、壁にたくさんの武具掛けが設えてありました。ここに槍が並んでいたらかなり物々しい感じがしたことでしょう。

ログハウスにありそうな、おしゃれな窓辺。「破風の間」だそうです。

2階もかなりの広さです。冬の板の間の冷たさは堪えます。

次は3階へ。いきなりの急階段です。

大天守3階

大天守の3階まで上がってきました。急に狭くなったためか、柱がやたらと目立っています。

西大柱の継ぎ目がわかるようなわからないような・・・。

ARアプリで説明が見られます。

案内図を見ると、武者隠しとか内室とかいう部屋があるようですが、説明を読んでもあまりよくわかりません。

大天守4階・5階

4階に上がりました。

案内板を見ると石打棚というものがあります。

構造上、窓が高い位置になってしまうため、足場を作ってあったのだとか。

4階・5階になると飽きてきました。早く最上階へ上がりたい。

ちなみに大柱は5階の天井まで。その上に太い梁がのっかって、6階を支えています。

大天守6階(最上階)

ようやく最上階の6階に到着です。ど真ん中に神殿があります。お殿様は最上階に神殿とともに鎮座していたのでしょうか。

案内板によれば長壁(刑部・おさかべ)神社という名前だそうです。

さすがに殿様と一緒にいたわけではなく、明治になってここに移されたようですね。

せっかくここまで上ってきたのですから、四方の景色を眺めます。下は西の丸方向。

次に姫路駅方向。

動物園のある方角。

シロトピア記念公園のある方角。

6階からの帰路

さて、ここからは急階段でひたすら下りていきます。

途中に武者隠しがありました。狭くて居心地は悪そうです。ここにずっと篭っていたのでしょうか。家来は大変だったのでしょうね。

武具掛けも下りのほうがゆっくり見られました。

1階まで下りてきたら、扉をくぐって東小天守へ。

途中に沿革表や構造模型、鬼瓦、そして大きなパノラマが展示されています。

その先が出口。ようやく外に出ます。お疲れ様でした。

備前門

天守から出ると備前門をくぐります。

備前門の脇の石垣には石棺が使われています。周辺の古墳を掘り起こして石棺を流用したらしいのですが、それほど石が足りなかったということなのでしょう。

備前丸と二の丸の伝説

天守を出て備前門をくぐると備前丸と呼ばれる本丸広場に出ます。

この広場は大天守を真正面から望めるスポット。完成した城を見た大工の棟梁・桜井源兵衛は、城が右に傾いているように見えてしかたがありませんでした。

備前丸に妻を連れてきて見せたところ、妻からも「右に傾いていますね」と言わます。その言葉で腹をくくったのか、そののちに源兵衛はのみを咥えたまま天守から身を投げた、というお話。

備前丸から「りの門」をくぐって下りてくると、二の丸の広場に出ます。そこには播州皿屋敷の伝説が残る「お菊井戸」が残されています。

江戸の番町皿屋敷に似たお話。城主のために密偵をしていたお菊が敵方にばれ、家宝の皿に関わる謀略により処罰されて井戸に投げ捨てられ、その井戸から夜な夜な皿を数える声が・・・みたいな感じです。

どちらの話もARアプリで解説が見られます。お菊井戸ではお菊さん自身の姿も拝めます。

ぬの門、るの門を通って三国堀に戻る

順路どおりに進むと、最初に紹介した穴門である「るの門」に行き着きます。ここをくぐれば三国堀に行けます。

「石の刻印」「ハート石」「人面石」

うっかり見落としそうになったものがいくつかあります。

石垣などに使われている石には、盗難防止のために石工たちがつけた刻印が見られるものがあります。

注意深く見ていないとわからないものばかりですが、一番最初の桜門の脇の「斧の刻印」は比較的わかりやすい場所にあります。

「ぬの門」には人面石とハート石があります。今回はちょうど修復工事中だったので人面石は見つけにくくなっていました。

ハート石はよくわかりました。

まとめ

以上、初めての姫路城見学についてのレポートでした。おおむねのんびりと見学できてよかったと思います。

「腹切り丸」とか「扇の勾配」とか「天守の庭」なども見たのですが、1日の許容量を越えた感じです。

とにかくこれだけの規模の要塞を昔の人が重機無しで築きあげたということには尊さを感じます。本当に世界遺産にふさわしい建造物だと思います。こういうものを見ると大事に遺していかなければならないという気持ちになります。

ちなみに、帰ってきてからブラタモリのロケを知りました。「姫路城で江戸城のロケをするのはあり!?」という観点でしたが、『暴れん坊将軍』も『大奥』も、江戸城と称して姫路城ロケをしていますね。この規模は他では撮影できないので仕方が無いのかと。

入城料は今回無料でしたが、通常は一般1,000円。このお城を維持するためにはこれでも安いくらいだと思います。

今回の見学時間は桜門橋を起点に3時間20分ほどかかっていますが、それでも見切れないほどの情報量でした。世界におすすめできる姫路城は、十分に時間をとってじっくりと見学することを強くおすすめします。

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